このページでは、「別冊129.3」に掲載を予定していた「ドラえもん博物誌キャラ編」の記事の一つを紹介します。図版を含めてレイアウトは完成していたのですが、諸般の事情でキャラ編そのものが掲載には至りませんでした。なお、この場でのアップに際し、加筆・訂正を行っています。


 皆さんご存じのように、『ドラえもん』には、『パーマン』の登場人物であるはずの星野スミレが、活躍する舞台そのものが消えてから約12年後、大人になって再登場しています。
 美しく成長した容姿は、実際に経過した年月を積算しているようで、確かに11歳+12年=23歳あたりに見えなくもありません。このスミレが、『影とりプロジェクター』や『目立ちライトで人気者』を通じて、スーパー星(バード星)に留学した須羽ミツ夫を愛し、その帰る日を待ち続けているのも周知の通り。ただし、ここまで描いておきながら以後スミレは二度と現われず、その後が描かれることは決してありませんでした。
 先の2作品では、落目ドジ郎(ベタネーミング)なるスターや、芸能レポーター(梨元某?)にしつこく付きまとわれながら、“本当に好きな人”も存在させて、また未来道具で助けてあげて、『ドラ』のゲストキャラなりにちゃんと「救い」を設定しています。
 けれどもこれらの作品には、芸能人としてではないスミレの側面もわざわざ描いており、キャラクターに厚みをもたせるため以上の意図を感じずにはおられません。    
 遠く星空を眺めながら話しをする姿、砂浜に落としたロケットを愛しげに見つめる姿、感傷的な中にもどこか爽然とした表情などには、「“普通の人と同じような、ありきたりな生活”こそが“本当の幸せ”」と語った旧作アニメ最終回のパー子との対称性を強く感じさせるものがあります。
 臭い言葉になってしまいますが、そんな“ありきたりで幸せな生活”とは、誰かを愛することから始まるものであったりします。『ドラえもん』では他にも、『りっぱなパパになるぞ』などでそういうようなことを表現していると思われますが、人間の最小単位が男と女である以上、これはささやかながら究極の真理であるともいえるでしょう。つまり、この作品では、星野スミレがついにその“本当の幸せ”を手に入れたことを描きたかったように思うのです。
 推測年齢の23歳でなくてはならない確たる理由はありませんが、藤本先生は、一般的な意味で“適齢期”に達したスミレを嫁がせたのではないでしょうか? また、それだけ先生が目をかけていた?キャラクターだったのかもしれません。
 この読みが的を射たものであるならば、後日談は描くまでもないのであって、またそれは読者が期待するとおりの展開なんだと思います。

Character Notes

【登場作品】
●小5/52年4月号:初登場は『オールマイティパス』。特別な物語はなく、単なるアイドル役での登場。後年の姿に比べ、明らかに若くて瑞々しい。映画のシーンは学生姿だが、本文の計算法だと20歳に相当。
●小6/53年11月号:次は『出前電話』。テレビで歌ってるだけ。基本的なパーツは共通だが、釣り上がった目と丸い顔は少々別人の趣き。いかにもアイドルぽい感じではあります。
●小5/55年1月号:『影とりプロジェクター』。穏やかな雰囲気でオトナっぽくなりました。ブーツもお似合いです。トレードマークのカチューシャは、この人の身体の一部です。
●小5/55年4月号:『目立ちライトで人気者』。インターバルが短いことでわかるように、『影とり…』の続編的な内容です。たった2編だけだが、藤子ファンの伝説?大人スミレの物語はここに凝縮されて、別格的な印象を放っています。キャラ設定はもちろん前と同一。

【描き方】
 スミレの描き方は、藤本先生がとっておきの美型キャラにしか使わない目の輪郭や瞳の装飾を採用し、一般キャラとは別格のルックスの持ち主であることを明確に表現しています。間違いなく藤本キャラ随一の美人でしょうね。困り顔が多いのが残念ですけど…。『影とりプロジェクター』では、シルエットのみながら水着の着替えシーンがあって、つい影ではない実物の姿を想像してしまいます…。

【家】
 大邸宅の設定は、昭和52年に初登場した時のと、同54及び55年の最後の登場時とは全く変わっていません。そのかわりアングルにも差がない。しかも家族の影が薄いです。

【愛車】
 『目立ちライトで人気者』に登場した愛車のモデルは、米国ゼネラル・モータースの「シボレー・カマロ」。77年くらいのモデルでしょうかね。リヤビューのディテールまでは似せていませんが、左ハンドルにはなっている芸の細かさ。まあ、高級外車の記号性がわかればそれでよい小道具ではありますが、スミレが乗るには、少し下品。

【人けのない海って好き】
 『目立ちライトで人気者』でそう語るスミレ。なぜ人けのない海が好きなのか、また誰かを信じ続けるようになったのかは、後の新原作の一篇『パー子の羽衣伝説』がなにやら思わせぶりな話なんですけど、ここまでくると我ながら深読みのしすぎな気もしてしまいます。